ホーム > 自主調査一覧 > 医療領域におけるマーケティングリサーチとは【定性調査編】

医療領域におけるマーケティングリサーチとは【定性調査編】

2024/09/19
北郷 秀樹 / メディリード オンコロジーエキスパートアドバイザー

株式会社メディリードは、当社のオンコロジーエキスパートアドバイザーである北郷秀樹氏から日々アドバイスをいただく中で、医療、特にオンコロジー領域における調査において、意識しなければならない課題感を日々アップデートしています。今回は、「マーケティングリサーチとは」というテーマをお届けいたします。

マーケティングリサーチとは

「リサーチ」と似た言葉に「サーチ」があります。サーチは検索するという意味でよく使われていますが、リサーチはそれとは違い、深く思考しながら理解を得るための調査や研究を指します。人間は、脳を使って様々なことを考え、それに基づいて行動します。

マーケティングリサーチは、企業が成長し続けるために不可欠な情報を取得し、戦略的な意思決定をサポートする手法の1つです。市場状況、競合情報、関係者の意見などを収集し、データを分析することで、より効果的な戦略を策定するための情報が得られます。マーケティングリサーチは変化する市場環境に適応し、競争優位を確立するために企業にとって欠かせないものです。

マーケティングリサーチには、調査形態による分類で以下のような種類があります。

定量調査

数値や統計で表現できるデータを調査することで、アンケートなどが該当します。定量調査は、大規模なサンプルから客観的なデータを得ることができます。しかし、定量調査は、数値化できないデータを捉えることができないというデメリットがあります。

定性調査

数値や統計で表現できないデータを調査することです。例えば、インタビューやグループディスカッションなどがあります。定性調査は、相手の感情や動機、意見などを深く掘り下げることができます。しかし、小規模なサンプルから主観的なデータを得ることになるため、一般化や検証が難しいというデメリットがあります。

この記事では、主に定性調査について解説していきます。

医療業界におけるマーケティングリサーチ

医療業界においても、医師や医療従事者が複数の選択肢からどれを選ぶのか、その基本的な意思決定の背景を理解することが重要です。たとえば、自社製品や薬剤を医師に使ってもらいたいときに、どのような情報を医師に提供すれば効果的か、または医療従事者のニーズに合ったものを提供できるのかが、リサーチをすることで見えてきます。

製薬企業におけるマーケティングリサーチの目的

医療従事者・患者の行動理解: 製薬企業にとって、医療従事者や患者の行動やニーズを深く理解することは、治療ソリューションの提供において不可欠です。マーケティングリサーチは、医師の処方パターンや患者の治療選択の傾向を把握し、製品メッセージや販売戦略の最適化をサポートします。

競合分析とポジショニング: 医薬品市場では競争が激化しており、他社製品との差別化が鍵となります。マーケティングリサーチは競合他社の販売戦略や状況を分析し、自社製品の強みや差別化ポイントを把握します。

マーケティングリサーチの出発点


マーケティングリサーチの出発点はまず「疑問を持つこと」です。

医療業界を例にとると、たとえば以下のような疑問です。
「なぜあの薬剤がこんなに処方されるようになったのだろう?」
「この臨床試験はなぜされたのだろう?」
「この企業ががん領域のリーディングカンパニーになるために何をしたのだろう?」
「なぜ、医師はこの治療薬を患者さんにすすめるのだろう?」
「なぜ、患者さんは思っていることを医師に話せないんだろう?」
「患者さんが治験になかなか参加しないのはなぜなんだろう?」

こうしたさまざまな疑問を持つことがとても重要です。疑問を持たないと、その背後にある考え方や理由を理解しようとすることが難しくなります。

自分が「もっと知りたい」「なぜそうなったのか」と感じることを意識することが、リサーチに関わるためのスタートではないかと思います。

こうした疑問を通じて、相手が何を考えているのかを知ろうとすることが「質問力」です。

現代マーケティングの父とも称されるフィリップ・コトラーは、「なぜその人はあなたの企業やその商品を選んだのか、その本当の理由を理解するためには、直接会話することが重要です」と述べています。

また、経営学者であるピーター・ドラッカーは、「顧客と市場を知っているのはただ一人、顧客本人である。したがって顧客に聴き、顧客を見、顧客の行動を理解して初めて、顧客とは誰であり、何を行い、いかに買い、何を期待し、何に価値を見いだしているかを知ることができる。」と述べています。

結局のところ、顧客に何を提供すべきかを知るためには、先入観を持たずに実際に話を聞き、その声から学ぶことが不可欠なのです。

自身の経験や考えももちろん大切ですが、それに固執してしまうと、それ以上新しい情報を得られないというケースが多いです。自分の中にない新しい情報や視点を引き出すためには、疑問に思ったことを当事者に直接聞くことが重要になります。

それが、マーケティングリサーチの出発点です。

マーケティングリサーチの必要性【定性調査の場合】

企業戦略に影響を与える

マーケティングリサーチとは、調査によって得られた情報、つまり顧客や自身が知りたいことを明らかにすることです。これにより、企業が事業の方向性を決定するための重要な情報が得られます。

製薬メーカーを例に考えてみましょう。

製薬メーカーの担当者は、多くの医師にお会いして話を伺う機会があります。しかし、直接の会話ではバイアスがかかる場合があります。医師によっては、特定のメーカーを好んでいるために好意的な意見を述べるなど、感情が影響することがあります。

一方、メディリードのような第三者機関が実施する定性調査では、中立的な環境でインタビューをするため、医師が意見を述べやすくなっています。こうして収集された医師の声をまとめ、分析した上で調査を依頼した製薬メーカーに提供します。それが企業の製品開発や新たな戦略、コーポレートアイデンティティ(CI)など、企業戦略に大きな影響を与えます。

知りたいことを明らかにするためのインタビューを実施し、その結果を分析することも、定性調査において重要なポイントになります。

今までにない課題を解決する

たとえば、がん治療には、標準的な治療法を示すガイドラインが存在します。これらのガイドラインは治療方針の大枠を提供し、具体的な治療方法や薬剤の選択に関する詳細も含まれています。しかし、患者一人ひとりの状態(病期や体力など)によって最適な治療法は異なるため、医師はガイドラインを参考にしつつ、個別に治療計画を立てる必要があります。ガイドラインは治療の指針として非常に役立ちますが、個別のケースに完全に当てはまる「設計図」というよりは、柔軟に対応できる枠組みとして考えられています。

したがって、医師の考え方によって治療法が異なることがあります。同じ患者に対して、ある医師は特定の薬剤を使用するかもしれませんが、別の医師は全く異なる薬剤を選ぶ場合があります。ガイドラインで両方の薬剤が使ってよいとされていれば、最終的には医師の判断に委ねられます。

医療においては、たとえば食道がんのデータのように、有意差があるというのはあくまで「そういう傾向がある」というだけで、有意差のない製品は全く効果がないわけではありません。100人中1人でも、完全寛解(CR)に至るケースがあるのです。

現在、時代の変化として注目されるのは、治療選択における優先順位や重要視される要素が変化してきている点です。以前はブランドや医療機関の影響力が強かったものの、今では患者自身が治療の選択を自己決定する時代に移行しています。この背景の中で、「インサイト調査」や「ペイシェントジャーニー」といった言葉を耳にされたことがあるかもしれません。患者が治療を選択する際に直面する障壁も変化し、選択のプロセスは複雑化しているのです。

患者さんが感じるがん治療の障壁には、「何を話すべきかわからない」、「治療のことを調べても理解しきれない」、「職場環境」などがあったりします。こういった患者さんの障害や壁をリサーチで明確にし、それに対する対応策を考えることで、最終的に患者さんにとってベストな治療に結びつきます。これがリサーチによって得られる大きな成果です。

定性調査による「気づき」の面白さ

定性調査では、言葉で伝えられる情報だけではなく、質問を通じて新たな気づきを得ることも重要です。表面的な情報は誰でも知ることができますが、適切な質問を投げかけることで、相手自身がまだ気づいていなかった考えや感情を引き出すことができるのです。これにより、定性調査ではより深いインサイトが得られることが多いのです。

思考を深く掘り下げる

質問によって思考を深く掘り下げることで、相手の無意識の世界や行動に気づくことがあります。これがインタビューでしか引き出せない情報であり、定性調査の醍醐味です。その手法の一つがラダー法です。


ラダーダウン:抽象的な答えに対して「具体的にはどういうことですか?」と尋ね、具体的な事例や行動を引き出す手法
ラダーアップ:相手の答えに対して「なぜ?」を繰り返して掘り下げることで、より深い理由や価値観を探る手法

たとえば、「低音に深みがあるからその音楽が好きだ」という答えに対して、「なぜ低温に深みがあると良いのですか?」と聞きます。すると「音に没頭できるから」という答えが返ってきた場合、「音に没頭できることがあなたにとってどんな意味を持つのですか?」とさらに問いかけます。こうして「心が落ち着くから」」「精神的な安らぎを得たいから」という深層の感情や価値観が明らかになっていきます。

このように、自分でも気づいていなかった本質的な部分が徐々に明らかになっていくのです。これは定性調査やインタビューでなければ、なかなか引き出せないものです。

言葉から伝わる情報は7%

最近のインタビュー調査は、会場に赴いての対面インタビューが少なくなり、リモートやオンラインで行われることが増えています。しかし、オンラインでは声だけに頼ることが多く、感情やニュアンスをつかむのは難しいです。画面に映る相手の表情などをできるだけ見ることが大切ですが、メモを取るなどしていると、なかなかそれも難しいものです。

質問によって思考を深く掘り下げることで、相手の無意識の世界や行動に気づくことがあります。これがインタビューでしか引き出せない情報であり、定性調査の醍醐味です。その手法の一つがラダー法です。


メラビアンの法則によると、言葉から伝わる情報は、全体の7%に過ぎないということです。

表情、身振り、姿勢などの視覚情報は55%を占め、大きな影響を与えます。前のめりで熱心に話している場合と、ふんぞり返って「どうでもいいや」という態度で答えている場合では、全く異なるメッセージが伝わってくるものです。また、声のトーンや抑揚、話し方などの聴覚情報は38%で、その中でも特に重要なのが声のトーンです。大きな声で話すのか、小さな声で話すのかで感情が大きく変わります。

こうした微妙な部分に、考え方の違いや、本当に本心でそう言っているのか、あるいは仕方なく言っているのかといった違いが現れることがあります。言葉自体は全体の7%に過ぎませんが、その言葉を理解することは非常に重要です。

一方で、医師が患者を診察する際にも、画面越しではなく直接患者を見ることの重要性が強調されています。患者の表情や声から得られる情報は、診察において非常に重要だからです。

リサーチャーとしても、言葉の背後にある感情や意図を読み解くことが求められます。それがリサーチの大きな面白さの一つです。

言葉には複数の気持ちが含まれている

がん患者さんの痛みには以下の4つの側面があるとされています。そして、これらの要素は相互に絡み合い、患者さんの苦痛は言葉に影響を与えます。

  • 社会的要素:たとえば、がんの患者が「仕事を続けたいが、職場が理解してくれない」という状況。重要な仕事から外されるケースも。
  • 身体的要素:倦怠感や痛みなど、身体的な症状。
  • 心理的要素:治療に対する不安や理解不足からくる悩み。
  • スピリチュアル要素:死を覚悟しなければならない状況での心の葛藤。

たとえばがん患者さんへのインタビューで「仕事を続けたいけれど、職場の上司や周囲の人たちが理解してくれないため、もう仕事を続けることができない」といった言葉が出てくる場合、この文章の中には、期待・葛藤・失望・不安など複数の気持が含まれています。

また、医師へのインタビューでも「この患者さんにはこうした症状があるから、この薬を使いたい。でも、副作用の問題もあるし、患者は75歳以上でまだ元気ではあるけれど、余命を考えるとこちらの薬のほうが良いかもしれない」といった形で回答されることがあります。この言葉の中にも、患者への思いや治療効果への期待、不安など、さまざまな感情が含まれています。

医師や患者が発する言葉には、必ず複数の感情や気持ちが含まれていることを理解することが重要です。

感情を引き出す方法

複数の感情を引き出すためには、質問の形式や方法が重要です。クローズドクエスチョンやオープンクエスチョン、キラークエスチョンなど、様々なバリエーションが存在します。

クローズドクエスチョン:はい・いいえで答えられる質問。具体的な情報を得るのに適していますが、深い感情は引き出しにくい。

オープンクエスチョン:自由に答えられる質問。相手の思考や感情を深く知るのに適していますが、話が広がりすぎることもあります。

キラークエスチョン:相手に深く考えさせる質問。たとえば「もしあなたが製薬会社の担当者なら、どうしますか?」といったもの。

これらの組み合わせによって、相手が本当に思っていること、つまり感情を引き出すことが必要です。クローズドクエスチョンだけを繰り返していると、まるで尋問を受けているかのように感じてしまうことがあります。

オープンクエスチョンだけを使うと、話がどんどん広がってしまい、本当に聞きたいことが曖昧になることがあります。

キラークエスチョンというのは、その名の通り、特に相手に考えさせるような質問です。例えば「先生がメーカーのMRだったらどうしますか?」や、「もし先生がこの薬の開発責任者だったら、どのように考えますか?」といった形で、相手に深く考えさせる質問です。

さらに、キラークエスチョンのもう一つの形として、ある製薬メーカーがAという薬剤について調査を行いたい場合、あえてAを使わない医師だけを集めて行う調査もあります。

その中で「なぜ先生はAを使わないのですか?」と尋ねるのが、まさにキラークエスチョンです。これは非常に究極的な質問方法です。そして、この質問に対して、先ほど述べたラダー法を用いて「なぜ使わないのか?」とその本当の意味を深掘りしていく方法もあります。

こうした質問の組み合わせによって、相手の気持ちや感情を引き出すことができます。これがインタビューにおける大きな成果であり、面白さでもあります。

普段の会話ではなかなか気づかないことも、調査や定性調査を通じて、相手が言葉で表現していない部分を引き出すことができるのです。

まとめ

定性調査において重要なのは、疑問を持ち、それを深く探究する姿勢です。言葉だけでなく、非言語的な情報や相手の感情を読み解くことで、より深いインサイトを得ることができます。

医療分野においても、定性調査は重要な役割を果たしています。医師や患者の声を深く理解することで、より効果的な治療ソリューションを提供するための基盤が築かれます。

今後もメディリードは、製薬企業に寄り添うリサーチ会社として、事業開発から戦略のあらゆるフェーズにおいて支援を続けてまいります。

北郷 秀樹(Hideki Hongo)  

Medilead Oncology Expert Advisor

外資系製薬企業でオンコロジー領域のブランドマネジャー、製品開発、新製品のマーケティング、グローバルオンコロジーマーケティングリサーチリーダーを歴任
ビジネススクールでマーケティングと経営学を学び、がんの知識を病院研修で習得

得意分野

Oncology launch strategic marketing / Oncology market research planning/application /design solution thinking

Reference

JSCO日本癌治療学会会員、JASCC日本がんサポーティブケア学会会員

語学

英語、スペイン語 (少々)

私生活

犬大好き、趣味はノルディックスキー


トレンド解説
この記事の監修者
北郷 秀樹 / メディリード オンコロジーエキスパートアドバイザー
外資系製薬企業でオンコロジー領域のブランドマネジャー、製品開発、新製品のマーケティング、グローバルオンコロジーマーケティングリサーチリーダーを歴任 ビジネススクールでマーケティングと経営学を学び、がんの知識を病院研修で習得

ご相談やご依頼、および資料請求についてはこちらからお問い合わせください。

お問い合わせ
LOGO

〒163-1424 東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー24F

TEL : 03-6859-2295 FAX : 03-6745-1168